novel

全方位観光/omni sight seeing

旅のような庭

収録

刊行

7

ページ

2667

  • 3rd短編集-旅のような庭

  • 試し読み

 悲しみはいつも港にさせた。カモメの鳴き声の響く港。曇天が似合うところ。そこでは二十人以上の漁師が一日欠かさず毎日働き、空気がせわしない。

 全く関係ない私は、そこでただ海を見ていた。コンクリートでできた防波堤の上をカモメが飛んでいる。その後ろは雨雲で塗りつぶされている。波の音は壁に砕かれてゆとりがなかった。

 それが私の悲しみだった。かつての私の悲しみは、その場所に行くまでは気づかなかった。けれど、その場所に行ってから、悲しみに暮れるたびにその場所を思い出すようになった。だから港は私の悲しみだ。

 私が悲しみに暮れる時、腕を組み、深く息を吸って、静かに目を閉じて、息を吐くと、その港は現れた。どこにおさまるでもなく、港は私の悲しみを受け止めてくれた。そこでただじっとカモメの鳴き声に耳を澄まし、背後に漁師たちの働きを感じ、暗い波のうねりを見つめた。

 新しい場所に向かうたびに、自分の感情に出会う。そうして自分の中に新しい場所が加わる。感情にとらわれるたびに、かつて行った場所が自分の中に蘇る。旅をすることは、自分を広げることのようでもあった。

 今は季節の変わり目だ。そう、今はただ、季節の変わり目の最中にいるだけだ。そう自分に言い聞かせて、再び目を開けた。そうすると悲しみに暮れる自分に戻った。けれどどこか広がった気もする。悲しみは変わらずにそこにあるが、それまでの自分とは確実にどこか変化してもいた。

 人間以外に生まれ変わるまでに三千年かかってしまった。また別の時、私は夏だった。暑い山道で、水を飲みながら歩く人々を照らす夏だった。静かに耐えるように歩く人々、まるで固く誓っているように、嬉しいそぶりを見せず、かといって苦しいそぶりも出すまいと決めているような様子で、しかし身体は登山にこたえているようで乱れた息遣いで山を登っていた。

 彼らは何かを信じているようにも見えた。それでも構わず私は彼らを照らした。彼らも彼らで、私に構わず、汗が流れるのにも構わずに山を登った。まだまだ続く山道の中、彼らはなにかを信じて疑わずに進んでいた。

 それは幸せだと思った。いつか私がずっと焦がれてやまなかった、けれど得ることはなかった幸せ。それを彼らは持っている。彼ら自身も気づいていないだろうけど、確かに持っていた。それを私はとても羨ましく思うと同時に、まるで私も幸せになったような気持ちになった。だからそれは私の幸せでもある。

 やがて季節の変わり目がくる。季節が変われば、彼らの山道も心の軽い、豊かなものになるだろう。そして私は死んで、また別の何かに生まれ変わる。それを受け入れよう。季節が変わるように、心も変わり、そしてあらゆる変化の根底には死がある。死に向かって生き続けることこそが、私にとっての大いなる変化で、幸せでもあった。それを恐れる必要はない。それは季節の移ろいに過ぎない。人の心変わりと同じように。

dehaze