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私は犬ですか?/je suis un chien?
3rd短編集-旅のような庭
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私の家の前には川が流れていて、川にはいくつもの石があり、いくつもの枝もあった。幼い頃には裸足で川を駆け回ったものだ。近所の子らと水をかけあい、川を泳ぎ、魚を取ったりもした。 時には大きな石に引っかかっている枝を取って投げたりした。枝を取ると、...
小引越(コビッコ)/kobikko
3rd短編集-旅のような庭
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夕方のチャイムで目を覚ました。寝過ぎたみたいで、起き上がると頭がくらくらした。ため息をついて、夕飯を作るためにシンクの溜まった洗い物を片付け始めた。いつもはしんどい皿洗いも、少し耐えられる。明日には旅行に出るのだ。朝に、私はこの家を出る。 旅...
今
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2nd短編集-至暗面呼
今 紐で口を縛り、しっかり結び、余剰をペンチで切ると、土嚢は音を立てて倒れる。それを土嚢の壁の上に積み上げる。それからまたスコップを土に突き立てる。麻袋の口を広げて、スコップで土を入れる。一掻き、二掻き、三掻きほどで土嚢が出来上がる。紐を引っ張...
水子結納
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2nd短編集-至暗面呼
年号が変わって雨があがったあと、曽祖父が死に、姉が妊娠したという連絡が来た。それで私は夏の始めごろに、家に帰ることにした。 私はひんやりブルーな気持ちだった。姉とどう関わればいいのか。幼い頃は仲良かったはずが、いつからか会話が減っていき、気ま...
パラ・フレーズ/para-phrase
3rd短編集-旅のような庭
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恥じらいがいつもわたしをせきとめるから、今日も何も言えないかもしれない。それでもやってみよう。川の中の浮島を渡っていくように、なりゆきにまかせて何個もの言葉を経由してみよう。そうすれば、いつか本当の場所、本当の言葉に辿り着けるかもしれないね。...
日暮の労働者/day laborer
3rd短編集-旅のような庭
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岩よりも大きな女が背中を揺らして泣いている。食べかけの菓子パンを食べ切る前に泣いている。食べるより前に涙がこぼれて、それをどうにかして止めようと空いた左手と塞がった右手の手首で目を拭ったが止まらなかった。こらえようとしても、嗚咽が出た。抑えよ...
全方位観光/omni sight seeing
3rd短編集-旅のような庭
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悲しみはいつも港にさせた。カモメの鳴き声の響く港。曇天が似合うところ。そこでは二十人以上の漁師が一日欠かさず毎日働き、空気がせわしない。 全く関係ない私は、そこでただ海を見ていた。コンクリートでできた防波堤の上をカモメが飛んでいる。その後ろは...
出発の小景/Departing in the Morning After Rain
3rd短編集-旅のような庭
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車の窓の外の、小雨の中で手を振る叔母は笑顔がとても祖母にそっくりだった。自分はどうだろう?どこか祖母にそっくりなところはあるだろうか?どこか一つでも見つけたくって、考えてみたがさっぱり思いつかなかった。家族とは新大阪駅で別れた。別れた時のこと...
おやすみ同盟/l’alliance de la bonnne nuit
3rd短編集-旅のような庭
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食堂へ続く廊下を歩いていると、君の声が聞こえた。誰かと話しているようだった。寝ぼけた頭のまま、君が何を喋っているのか頭に入ってこないままで食堂に入ると、そこには君一人しかいなかった。君は窓際の席に座っていて、テーブルの上にも何も置かず、でも確...
エンドレス・トラベラー回顧展/endless travelor retrospective
3rd短編集-旅のような庭
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回顧展は二通の手紙の展示から始まる。その手紙はおよそ五十年ほど前、ソルボンヌの古アパートに泊まっていたイワンの元に届いた手紙だ。 最初に開いたのは父親からの手紙だった。内容は至って簡潔だった。お前を見放し、縁を切った、もう二度と家には戻ってくる...
あるといいなは無い/all you need is nothing
3rd短編集-旅のような庭
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彼女に会ったのは喫煙所で、顔を見合わせた時にちょっと動揺した。なぜなら彼女はオーガニックレストランでバイトをしていたからだった。僕に気づくと、彼女は働く時と変わらない、ちょっと口を横に広げた笑顔で手を振ってこちらに寄ってきた。 僕はそのレスト...
本棚たち/bibliothèque
3rd短編集-旅のような庭
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見上げる本棚 見上げるほどに背の高い本棚の、一番上の本をいつ読もう。小さい頃からずっと見上げてる。 下はひきだし、平積み、中はぎっしり、ちょこっと顔をみせて、数が減って一番上はこっちを見下ろしている。 上にいる本はきまって大きい。分厚く...
庭の番/jardin oublié
3rd短編集-旅のような庭
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二十八連勤した後に家に帰ると今度は祖母が亡くなったという知らせがあったもんだから、そこからも忙しなかった。急いで服を引っ張り出すと、ちょっとカビが生えていて舌打ちした。除菌スプレーをかけたら綺麗になった。葬式の最中の記憶もない。次に家に帰って...
ヨレた俺のハガネ/my iron lung
3rd短編集-旅のような庭
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静かなのは台風が通過したからじゃなく、俺の憎悪がいなくなったからだった。植木鉢は吹っ飛ばされてフェンスに引っかかってる。ハンガーが飛んでる。洗濯紐がたわんでる。いくつもの葉っぱが飛んでる。そのうちの一つが俺の憎悪だ。俺の知らないうちにどっかへ...
東北海のスケッチ/a sketch of ochean
3rd短編集-旅のような庭
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出発 天候が悪く飛行機の出発が二時間以上遅れた。それもそのはずで、現地に到着するとかなり雪が積もっていた。空港からリムジンでレンタカー会社のオフィスまで送迎してもらう。道中、運転手に現地の天候のことを二言三言ほど話して会話が途切れる。なんで自分...
石/le pierre
3rd短編集-旅のような庭
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石 かつて彼と二人で秘密の上に石を置いた。彼とは他にないほど固い信頼で結ばれていた。彼もそう思っているだろう。だから、その石はとても重くなった。その証拠に、何十年間も石は少しも動いたことがなかった。そこにあるものをしっかりとそこに留め...
着きたての町(朝)/stranger city,at morning
3rd短編集-旅のような庭
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その町に着いたのは、土曜日の午前六時だった。一時間前からすでに目覚め、夜行バスの車窓からその町の手前の風景を眺めていた。山並みの風景と、その間から海原が少しずつ見え隠れしていた。これから降りる町が海に近いのを初めて知る。 バスから降りて、自分...
開かれる心・近づく距離/opener mind・closed stance
3rd短編集-旅のような庭
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くたびれた夏の夕暮れ、少しずつ心が開いていくような気がした。暑さに疲れ、歩き疲れ、話し疲れ、考え疲れ、疲れに疲れた末にようやくほどけた。日差しと熱が盛りを過ぎて、くたびれた草木もアスファルトもようやく気を抜いた。そこを俺は一人で歩いていた。 ...
幻/fantôme
3rd短編集-旅のような庭
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月光の差し込む穴蔵から二匹で抜け出した。命からがら夕暮れ時を駆けていく。二匹の狼は自由を求めてそこから逃げなければいけなかった。朝日が来る前に。春がやってくる前に。 まるで何もわからないけれど、後になって振り返るとそれはとても幸福な時間だった...
ロックバンドかなにか/quelque chose the band
3rd短編集-旅のような庭
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硬派なサウンドでナンパな歌を歌いたい。そう思っていたはずなんだが、今、サウジアラビアのテントにいる。どうしてこうなった?ケンジもサバヤンもリョースケも誰一人いなくなって、ギターはコラム、ベースはセーイェ、ドラムはフィルがやっている。俺は俺で三...
ただようだけ/floating Now
3rd短編集-旅のような庭
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俺の頭上にはいつも太陽があって、それはどんな天気でもどんな夜でもどんな気分でもたしかにそこにあったが、そのことに気づいたのはついこないだのことだった。 船の上で仰向けになって考えた。目の前にある太陽が俺の視界を焼いているのが心地良い。 実際の...
キャラフェの中の悪意/le malice dans la carafait
3rd短編集-旅のような庭
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ディナーが終わって部屋に戻ってからも地獄だった。奴は気持ち悪いと言い出して、ソファに深く腰掛け、デスクの上で頭を突っ伏した。弱いくせに、調子に乗って飲み過ぎるからだ。馬鹿なやつだ。私は向かいのソファに腰掛けて、奴の頭を見下ろした。 そこまで飲...
ジョンとヨーコの逆再生/The retrograde of John and Yoko
3rd短編集-旅のような庭
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私が思うに、死を可視化したら、それはジョンとヨーコの逆再生に近い。 最初に深い霧の中、歩く二人が現れる。夜が明けてすぐの薄暗い小道、高い垣根の間を二人で進んでいくと、やがて視界が開けて白い建物が見えてくる。場面が変わって、明かりのつけていない...
あなたも犬ですか!/un chien aussi!
3rd短編集-旅のような庭
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土曜の朝はおさんぽ感覚でデモ行進に混ざろう。ルーアンからセーヌ川まで大股三歩であっという間。その日暮らしの労働者たちが、行進に少しずつ混ざって増えていく。名前も知らない人と人で、本当なのかわからない名前で自己紹介をしあおう。 時には立ち止まっ...
中国庭のスケッチ/a sketch of chinese garden
3rd短編集-旅のような庭
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一 かつてはまっしろだったであろう壁が鬱蒼とそびえたっている。歳月を経て翡翠のような汚れに覆われている。その模様はどこかにある湾岸の地図のようでもある。翡翠の大陸に、わずかに残された白と灰色の大洋。その上のレイヤーでツタ科の植物が手を伸ばしてい...
着きたての街(夜)/stranger city,at night
3rd短編集-旅のような庭
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空港からバスで一時間出たところで降りた。もう周囲は真っ暗で、人影も見えない。黄緑がかった街灯が点々と建っている。 見回しているうちにバスの扉が閉まり出発した。一人になった私は、マップを確認して、進む方向を確かめる。これからオペラ座駅の前にある...
ギフト/GIFT
3rd短編集-旅のような庭
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塾の帰りに雪が降って、そしたらみんなの一番後ろにいた僕に向かって、君は一番に笑いかけてくれたね。 思い出せたのはそれが最後で、だから僕はそれっきりずっと眠りっぱなしなのかもしれない。教室にいたって誰も起こしちゃくれないんだ。 もう子供じゃない...
慰暗旅行/pathétique・sympathique
3rd短編集-旅のような庭
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暗闇に入ったことが二度ある。夜とか、電気のない部屋とか、そういうものではなく、暗闇としか言いようのない場所に。暗闇に入ってから、僕は暗闇を探すようになった。そこにいることで、なにかが癒されるとか、安心するとかではない。むしろ暗いところは怖いし...
指から虚へ/F to L
3rd短編集-旅のような庭
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ピアノの蓋を開ける時は閉じる時のことを考えなければいけない。鍵盤に触れる時はそこから指を離す時のことを考えなければいけない。生の素肌でペダルの冷たさを感じなければいけない。靴下は脱いでね。それでようやく準備が整う。限られた時間の中では、限られ...
回晩行remix
1st短編集-回晩行
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「ところでコード支払いってできますか?あっできない?できないんですね……。現金あったっけな……これでお願いします、はい、はい、ありがとうございました」「お客さん、忘れ物ありますよ」「おっと失礼、ありがとう!」タクシードライバーは紙袋を差し出し...
まどろみの下垂れ
1st短編集-回晩行
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■ これが最後、だと思ってもいつも最後にならない。最後の後に最初があり、それがずっと続いている。テーブルの上のグラスに帯状の光が刺している。グラスの底に光が溜まり、水が光をテーブルに散らす。それを手で取りそこねてグラスは倒れて転がり、床に落ちて...
Escalator//bay side line
1st短編集-回晩行
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まどろみから意識がさめると海があった。 いつのまにかうたた寝をしていたようだった。隣ではミナミが本を読んでいる。「何の本?」「詩集」波の音がする。満ち引きのようにまどろみが押しやってくる。それにあらがうように、もう一...