夕方のチャイムで目を覚ました。寝過ぎたみたいで、起き上がると頭がくらくらした。ため息をついて、夕飯を作るためにシンクの溜まった洗い物を片付け始めた。いつもはしんどい皿洗いも、少し耐えられる。明日には旅行に出るのだ。朝に、私はこの家を出る。
旅行は小さな引越しみたい。携えるものの数が違うだけだ。ホームタウンは嫌いじゃないけれど、それでも行かなくちゃいけないようだ。月に一度、いてもいられなくなって荷物をまとめた。
持っていくものは大体決まっていて、着替えが二日分と歯ブラシ、タオル、塗り薬、錠剤もちょこっと、ブローティガンの文庫本、それよりも薄めの何かしらの文庫本、タブレットとメモ帳と鉛筆と消しゴムも。イヤホンは置いていく。
最後に旅行用のスニーカーを出す。三十の誕生日に買ったお気に入りのスニーカー。これを履けば休憩無しで大陸二つは歩き続けられる気がする。
あたたかい家も名残惜しいけど、それでも壁は口ずさんでいる。ここから出ていけと。それから戻ってこいと。それを信じる自分を信じられる。
家を出て鍵を閉めたら旅行は始まる。そこから歩き出す、この瞬間の自由は何にも変えられない。あるとすれば、やっぱり引っ越しに近いんだ。誰もいない時間があの部屋には必要だ。自分の居場所を自分で手放す自由。それを今得た。なんて素晴らしい自由だろう。これで私はここにしかいない一人ぼっちだ。それが私を強かにする。気がする。
引越しは儀礼みたい。なんの儀礼なのか、人生の儀礼かな。今まで住んでいた町から、新しい町へ行くために物を手放す。持っていく物をまとめる。人と別れる。これからも話したい人の連絡先をもらう。人生の中で、一つの区切りをつける儀礼みたい。けれど旅行は簡単で、そんな儀礼をすっ飛ばして、新しい町へ行ける。この緊張、わかるかな?切符を買わずに改札をすり抜けるような、緊張がある。儀礼をせずに、区切りをつけられるのは、なんか階段三段飛ばして進んでいるようで楽しくもちょっと危険だった。けれど私には、そうしないといけない時があるんだ。儀礼の目をかいくぐって、こっそりと部屋から離れる。
別れることだけが人生なら、旅行は小さな別れみたいだ。きっとすぐ、元に戻ってくることが約束されている、小さな別れ。戻ってくるはずなのに、それでもちょっと寂しいのはなぜ?わからないけれど、それは多分私が今を生きている証拠。
乗り物はどれも好きだけど、まずは電車に乗る。その次に飛行機に乗る。飛行機に乗るのはいつも怖い。自分に居場所がないことを確かめられてしまうから。そう、みんながみんな、居場所などなかった。あるとすれば身体だけで、私はこれから飛行機を耐え忍んでから、新しい町に自分の身体を馴染ませていかないといけない。それが楽しくもあり、勇気が必要でもあった。まず最初の勇気が飛行機だった。
深呼吸をして、飛行機をじっと乗りこなす。離陸することは、いつもの自分から離れ離れになるみたいだ。この名残惜しさ、不安も見ないようにしながらも今はしっかりと腕を掴んで、窓の外を見つめた。
新しい町に着いたら、その町の住民のような顔で歩く。見慣れた町のように歩く。繁華街を通過して、人気のない路地もゆったりと歩いて身体を町に馴染ませる。
最初はちょっと、びっくりすると思う。自分の身体が町に浮いている。ゆっくりと全身を浸して、少しずつ慣らしていった。店に入る。公園に入る。コーヒーを買う。ベンチで休む。アーケードを眺める。大学生の群れを眺める。野菜を抱える主婦を眺める。街に馴染めなさそうで馴染める感じ。それと同じように、自分が自分と離れなさそうで離れそうな感じ。膝まで町に染まってそうな感じ。いや、でもやっぱり、知らない町の祭りに釣られていく私は、たしかに離れ離れになって行ってしまった私で、自分を見ている自分がいる。
それから時間も空間も区切りがなくなった。通過儀礼を抜けがけした罰は、私はどこへやら、夜も昼もあっちもこっちも無くなって、自分は向こうにいる自分、鏡を見なくても自分を見れる左右反転せずまっすぐな自分。
大きな時間があった気がする。それは生きて死ぬまでの時間、でもそれは今もう無くなってしまった。それが私の罰で、私はまだ生まれていないのと、生きているのと死んでいるのを全部一緒にキッチンの上に置いていた。それはそこに置いておこう。私は振り返ってベッドを見た。ああ、とてもあたたかくてとろけそうなベッド、見るだけで愛おしい。今まで何度旅をして、何度引っ越しをしただろう?私はすべての寝室を、そしてベッドも記憶している。それが今、全部一緒になってここにあった。
私が産まれた寝室。小学生の時に泣きながら飛び込んだベッド。あいつらと枕を寄せ合って朝まで話したベッド。一人で雪道を歩いた後の寝室。私がこれから子供を産む時の寝室。私がこれから夫を見送る時のベッド。私がこれから死ぬ時の寝室。私はそれら全部を覚えておこう。その一つ一つが私を作っていた。今までの寝室も、これから始めて身体を横たえるベッドも、すべて今の私を作っている。だから覚えておこう。初めてそこで眠るときは夜に感謝する。これからそこで始まる私の生活や、思考や、経験の数々をあたたかく迎え入れてくれる寝室。引っ越してその寝室を去る時、つまり目覚める時は朝に嫉妬する。
古くあたたかい寝室から離れる時もまた一つの区切りで、その繰り返しで私は別れと親しくなった。新しくぱりっとした寝室に入る時は、まるで朝の深呼吸のようで、その繰り返しで私は死を先送りしていった。
旅は区切りをなくす時間のさすらい、初めての寝室と一夜だけ過ごしてお別れする。たった一晩でも、私の大切な時間の一部だった。私が産まれた寝室は、母乳の香りと、そのほかにカフェラテの香りがした。それが私のはじめての記憶。まるで違うけれど、アメニティのコーヒー粉でそれらを思い出した。どれもこれも大切な私の寝室と記憶たち。
時間の中にいる自分を、私は見ている。彼女は楽しそうに見える。一人だということを知るけど、それを避けちゃいけない。私は一人だということをしっかりと身体に言い聞かせてなじませる。知らない町の祭りの輪の端っこにいるひとりぼっちの私。安いホテルの一室にいるひとりぼっちの私。商店街の居酒屋に一人で入る私。そしてまたいつか、知らない町へ旅に出るこれからの私。歩いて、歩いて、移動しているように見えるけど、でもずっと同じ部屋の中にいるようにも思える。この愛おしいいくつもの部屋たちをとっかえひっかえ渡り歩いているような、それとも本当は全部つながっている一つの部屋のような……。
知らない町のチャイムが聞こえて、ふっと我に帰った。再び身体一つの居場所に引き戻されたようだった。もう飛行機の時間が迫っている。帰らなければいけない。
旅行も所詮、小さな引越し。楽観的に捉えよう。小さいからこそ、すぐに元の生活に戻ることもできた。浮気な引っ越し。やってきた方法を逆にして再びやっていく。電車に乗って、飛行機に乗って、また電車に乗る。自分の住んでいた町を、数十年前に住んでいた家に戻るようにして歩く。町を懐かしみ、日常を思い出すように歩いていく。
帰ったら、リュックサックに詰めた物たちを元の居場所に戻してやろう。私が持っていない居場所を持っている、羨ましい物たち。