novel

パラ・フレーズ/para-phrase

旅のような庭

収録

刊行

7

ページ

3155

  • 3rd短編集-旅のような庭

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 恥じらいがいつもわたしをせきとめるから、今日も何も言えないかもしれない。それでもやってみよう。川の中の浮島を渡っていくように、なりゆきにまかせて何個もの言葉を経由してみよう。そうすれば、いつか本当の場所、本当の言葉に辿り着けるかもしれないね。外は大雨と雷で怖いけど、あなたがいるからそれで気持ちがやわらぐ。雨が止むのを祈りながら、ちょっとの間話そうと思う。

 あなたが寂しいと言う時、わたしも寂しいと言う。けれど、あなたの寂しさと、わたしのさびしさ、どれだけ同じなんだろう?わたしの言う寂しさには少しの心地よさがある。けれど、あなたの言う寂しさにはまったく心地よさも温かさもなくて、底のない絶望だけしかないのかもしれない。こんなに違うのに、なんでわたしは同じ言葉で共有するんだろう?分かり合えっこないけれど、言葉だけを共有しあってる。

 わたしの寂しさを伝えるために、スプーンを買った。二組のお揃いのスプーン。一見なんの変哲もないスプーンなんだけど、取手の部分の厚さが不均一で、手に馴染むようになっている。それと、先っちょが波打ってる。その形を見て、わたしは寂しさを形にしたらこうなると思った。わたしにとっての寂しさは、こんな形だ。漠然とした孤独と、ちょっとの心地良さ。このスプーン以外、わたしにとっての寂しさを的確に表しているものはなかった。言葉よりもこのスプーンが信じられる。

 スプーンを買って、みかん入りのゼリーも二つ買って帰った。夕飯を食べ終わった後、わたしはそれを取り出してあなたと食べた。あなたは新しいスプーンにすぐ気づいた。新しいスプーンだ、と言ってゼリーを食べ始めた。わたしも食べた。けれどそれっきりだ。これがわたしの寂しさだと言っても、きっとあなたにはわからない。あなたの寂しさをわたしがわからないのといっしょ。同じスプーンだけど、テーブルの上にあるのと流しに置いてあるのとで、まるで違うのといっしょ。

 あなたの心配をしてしまう。迷惑だとわかっていても。イヤな顔をするだろうけれど、わたしの心配があなたの幸せを煩わせるのなら、適当にあしらってくれたっていい。けれどあなたが眠っている時や、眠っているふりをしている時ぐらいは、わたしの好きなようにさせてほしい。

 あなたはまるで自分の足に硬い木の靴を履かせているように見える。ちょっとわかりづらいかな?直接的に言い換えてみれば、自分で自分の形を変えようとやきもきしているようだ。ずっと変えられない性質があなたにはある。その性質のせいで、あなたは同じことを何度も何度も、何度も繰り返してしまう。あなたにはそれが失敗や恥ずべきことのように思えてしまって、煩わしくってたまらない。私にとってはそれは魅力的なところで、嫌がらなくていいとも思ったりしている。つまりあなたはそのままでいいということなんだけれども、本心で嫌がりたくって嫌がっているのであれば、嫌がっててもいいとも思う。

 けれど、あなたはそれのなおし方を、薄々気づき始めているはずだ。わたしもそう。別になんてことはないことなんだ。知識も経験も必要はない。ちょっとだけ、向きを変えればいいだけのことなんだ。考え方の向きをちょっと変えるだけで、あなたはそれから解放される。あなたも気づいているでしょ?

 ちょっと言い換えてみよう。あなたの部屋にある花瓶で言うと、ちょっと位置を五センチ右にずらしてみたり、時計回りに五〇度回転させてみたり、机の上じゃなくて窓際に置いたり、するだけで変わることなんだ。けれど結局はあなたはそれができない。あなたは花瓶を動かしたり、回転させることができない。けれど安心してほしい。それはあなただけじゃなくて、ほとんどの人間ができないことだ。

 ちょっと難しい?また言い換えてみよう。実際になんであなたがそれができないのかというと、窓から入ってくる光が好きだから。だよね?あなたは毎朝、窓に切り取られて入ってくる四角い光が好きだ。どんな形であろうとそれを欠けさせるものを嫌がった。だから花瓶の位置を、机の上から窓際に変えることはできない。そうすれば、あなたが気にしていることはすべて解決してなくなるのだけれど、それができない。だから自分で硬い硬い木の靴を作って、それを毎日履いている。足の形はきっといつか変えられるだろうけれど、毎日痛いでしょう?あなたがベッドの中で泣いていることをわたしは知っている。誰にもみられたくないことも知っている。だからこそわたしはあなたを心配してやまない。

 ちょっと休憩しよう。休憩じゃないかもしれない。話の向きを変えよう。正直に言ってしまえば、もう時間がないみたい。わたしはもう出発して、あなたのそばから離れないといけない。あなたに言いたいことはたくさん、まだまだたっくさんあるんだけれど、それをぜんぶ言うことは無理みたい。まとめてぽんと置いていけたらいいんだけど、それもどうもうまくいかないみたい。

 本当のことを言えば、これまでに時間はいくらでもあった。やろうと思えば、たとえばあなたへの言葉を録音して渡したり、手紙に書いて渡したり、つまり言い換えればまとめてぽんと渡すことだってできたはずだ。けれどそれはわたしには無理な話だ。あなたが窓から入る光の形を変えたくないのと同じように。わたしはその方法を選べない。だから別れの迫っている今、限られた時間に、限られた言葉を、その時その場所で生まれる言葉をあなたに言うことを選んだ。それしかわたしはできない。ちょっと考え方を変えればもっといいやり方や、楽なやり方、もっとあなたのためになるやり方があったのにね?でも許してほしいね。最後ぐらい。

 本題に戻ろう。わたしはあなたにスプーンをあげよう。わたしがいなくなっても、やっていけるように。わたしもわたしなりに、あれこれ考えてみたのだけれど、やっぱりこれしかないんだと思う。あなたにしてあげられることは。あなたがわたしを愛せなくても、あなたがあなたを愛せる方法を教えてあげよう。それは今に限ったことではなく、今まで、私があなたにやってきたこと、言ってきたこと、すべてそういうことだったんだ。今話してて気づいたことだけどね。言うなれば、わたしはあなたにずっと教えようとしていたんだ。ようやくわたしもわたしのことをわかってきたみたい。一ミリぐらいね。

 そのスプーンを使って、一人であなたはなにを食べるんだろう。なんだろう。シチューか、スープか、アイスクリームか、わからないけど、誰からもらったのかも忘れるぐらい、たくさん食べてほしい。わたしの言うことを聞いてもいいし、聞かなくてもいい。反発をしてもいい。だから、今すぐこのスプーンをゴミ箱に捨ててもいい。それがあなたがあなた自身を愛するということなのであれば。わたしの言葉はすべて、わたしの言葉であって、あなたを押さえ込むものじゃない。あなたに木の靴をあげようってわけじゃない。だから、あなたがあなた自身を愛しているからこその選択であれば、わたしの言葉を受け入れても、受け入れなくても、わたしはそれでいい。それがわたしの望みのすべて。

 思ったより長くなってしまったみたい。もうすぐわたしはここからいなくなろう。また会えるのかはわからないけれど、会えなったら会えなかったで、それでもいいかもしれない。ちょっとわかりづらくなってしまったかも。けれど、この限られた時間と言葉の中で、わたしは言いたいことをすっきり言えた気がする。この時間のすべてをひっくるめていうと、わたしはあなたを心配しているということだけ。あなたを心配しているということは、わたしはあなたを愛しているということ。

dehaze