私が思うに、死を可視化したら、それはジョンとヨーコの逆再生に近い。
最初に深い霧の中、歩く二人が現れる。夜が明けてすぐの薄暗い小道、高い垣根の間を二人で進んでいくと、やがて視界が開けて白い建物が見えてくる。場面が変わって、明かりのつけていない部屋の中でジョンはピアノを弾き、その斜め後ろの壁に寄りかかってヨーコは腰を下ろしている。感傷的なメロディーを静かにそこで聴いている。それから立ち上がり、すぐ横にある窓を開ける。すると部屋に光が差し込む。それから順繰りに部屋の窓を一つ一つ開いていく。だんだん部屋に光が与えられていく。天井が白い光を湛える。窓から見える景色は芝生に木々、そして光を投げかける空。全ての窓を開け放ったヨーコはジョンの隣に座る。ヨーコは何をするでもなくそこにたたずみ、ジョンは演奏を続ける。演奏をしながらも、チラッとヨーコに視線をよこし、ヨーコもそれに応じる。演奏を終えると顔を見合わせて笑い、キスをする二人を小鳥が祝福し、ホワイトアウトする。
そこまで見たら、逆再生をする。
真っ白の画面が小鳥のさえずりと共に色づき、キスをする二人が現れる。唇が離れて、笑い合う。ちょっとちょけたジョンが演奏を始める。ヨーコはそれをまっすぐな
ひとみで見つめる。ジョンは何度かヨーコを見ながらも演奏を続ける。ジョンの隣に座っていたヨーコが、席を立つ。
窓の外には、青々と輝く庭と木々が見える。白い光を差し込んでくる窓を、ヨーコは一つ一つと閉じていく。ジョンから一番遠い窓から、一つずつ。真っ白な部屋からだんだん窓が閉ざされ、光が損なわれていく。ジョンは歌い続け、やがて全ての窓が閉ざされて部屋が暗くなると、ヨーコはピアノの斜め後ろの壁に寄りかかり、腰を下ろす。
誰もいない、コテージの入り口が現れる。そこに二人が現れる。肩に手を回して、二人は後ろ歩きを始める。ゆっくりとコテージから離れていき、だんだんとコテージの全貌が見え始める。やがてジョンはヨーコの方に回していた手を離して、その代わりに手を繋ぐ。コテージが完全に見えなくなると、小道に入る。霧がだんだん深くなっていき、二人は手をつないだまま、霧の中に消えていく。
そのシーンを私は何回も見た。久々に見返したのは、彼から六年ぶりに手紙と荷物が届いたからだ。中にはビデオテープが入っていた。あの頃私たちが見ていた、ジョンとヨーコのビデオが入っていたテープだった。
私が彼と出会った時、彼にはガールフレンドが二人いて、私にはボーイフレンドが彼を含めて五人いた。私たちは月に二回ほど会って話した。横浜の喫茶店に行って、私がタバコを吸うのを彼は嫌がった。そこでパスタを食べてから私の家に行って、二人で一つのベッドで寝て次の朝に彼は帰った。
彼はジョンが好きで、ビートルズからソロまで全てのCDを買い漁っていた。だいたい話すことはジョンのことばかりだった。彼は家庭教師と児童養護施設のバイトを掛け持ちしていて、リヴァプールに行く金を貯めていた。
私はジョンには興味はなかったが、リヴァプールに行くことは羨ましがった。連れて行ってもらうことはなかったが、彼が撮り溜めたビートルズのビデオテープをたくさん貰った。彼がリヴァプールに行っている間、私はそれを見て時間を潰していた。
私は何度も何度もそれを繰り返し見た。テープを再生すると、ジョンとヨーコは祝福しているように見えた。再生が終わって、私が逆再生すると、ジョンとヨーコはまた別の啓示を示しているようでもあった。だから私は何度も再生して、最初の方に巻き戻している最中も映像を見ていた。
気づくと朝になっていることもあった。テレビを消してゴミ捨てに行く時、皿洗いをしている時、風呂に入っている時も、私の頭の中では映像が流れている。歩くジョンも、後ろ歩きをするジョンも。窓を開くヨーコも、窓を閉じるヨーコも。
リヴァプールから帰ってきた彼は、とても幸せそうに土産話をした。青リンゴのリストバンドを私にくれた。その時には私もビートルズのアルバムを全てさらっていて話についていけたので、彼の旅行がとても羨ましかった。それが態度に現れていたのか、二人で旅をする約束をした。リヴァプールではないけれど。
大学の三回目の夏休み、彼が車を出して二人で軽井沢まで行った。彼は少し緊張した面持ちで、けれど安全で完璧な運転をした。車はだんだん森の中へ、中へ入っていった。ステレオからはビートルズを流して、私たちは脇目もはばからずに歌った。
軽井沢には彼の祖父の残したコテージがあった。父親からもらった鍵を取り出して、二人でコテージの中に入った。
コテージは電気が付かず、カーテンも閉ざされて真っ暗だった。光を入れようと、カーテンを一つ開くと部屋が明るくなった。床を見て二人とも悲鳴をあげた。虫の死骸がたくさん落ちていた。
「どこかの窓が開いてるんだ」二人で笑いながら、カーテンを一つずつ開けていった。隅っこの窓が一つ、微かに開いていてカーテンが揺れていた。
それからブレーカーをつけて、水道もつけて、コテージの掃除を始めた。私は箒で虫の死骸を履いた。その死骸を見て、ジョンとヨーコのビデオを思い出した。彼らの部屋はこんなに汚くないけれど、確かに同じ世界にあるような気がした。死骸をちりとりでまとめて、ゴミ箱に入れた。
その日は掃除をするだけで日が沈んでしまった。再び車を出して、夕飯を食べた。帰ると、再びジョンとヨーコのビデオを流して二人で観た。再生して、逆再生もしっかり見て、何度も繰り返して見た。
四回目に再生したときに彼は静かに泣き始めた。私は気づかないふりをして、静かにビデオを見続けた。泣きながらも、彼もまたビデオを見続けていた。
眠っている時、彼はさっきまで泣いてたのが嘘だったかのような、すこやかな顔で眠る。あれはどんな涙だったんだろうか?私にはわからないし、彼が言うこともない気がした。
朝になった時、私は帰りたくなかった。ジョンとヨーコの逆再生のように、今度は窓を閉め、戸締りをして、このコテージを出て、山道を引き返さないといけない。けれどそれは絶対にしたくなかった。今度は私が泣きたくなる番だった。それをしたら最後、なにかが終わってしまうような予感があった。
それでも結局、私たちはそれをした。二人で窓を閉め、カーテンを閉めていった。彼がその時になにを考えていたのかはわからないけれど、少しすっきりしたような表情だった。彼とはそれきりで、大学を卒業した後は会わなくなってしまったし、声をかけられることもなくなり、私も声をかけなくなった。
それから六年後に送られてきたのは、ビデオテープの他にも便箋が一枚あった。きっちりと丁寧な、女性が書いたような字だった。書き手は彼の母親で、内容は彼が自殺したことが書かれていた。私の元へこれを送るよう彼に言われていたようだった。彼自身からのメッセージはなにも書かれていなかった。