静かなのは台風が通過したからじゃなく、俺の憎悪がいなくなったからだった。植木鉢は吹っ飛ばされてフェンスに引っかかってる。ハンガーが飛んでる。洗濯紐がたわんでる。いくつもの葉っぱが飛んでる。そのうちの一つが俺の憎悪だ。俺の知らないうちにどっかへ飛んでった。部屋の中で寝そべると床が静かで冷たくて気持ちいい。
俺の憎悪があったところは、今は満ち足りている。だからとても居心地が悪い。思えば憎悪は俺をここまで生かして連れてきてくれた。みんなはそれを否定したけれど、たしかに俺は憎悪に生かされていた。俺も憎悪を大切に育ててきた。学校一つ潰せるぐらいの大きさにはなったと思うけど、いつのまにか俺の手元を離れてどこかへいってしまったようだった。
これからどうしよう?
俺以外に部屋の中で動く存在を見つけた。壁際で音を出す除湿器。赤いランプが付いていたので中を覗いてみると、なみなみ水が溜まっていた。部屋の湿気をとってくれたのだ。汚い水だが、この水の分だけ、俺は幸せになったと思う。タンクを外して水を捨てた。これが幸せの水です。
本当のことを言うと、そんなことをしている場合じゃない。やらないといけないことが山積みになっている。些細なものから、とても重要なものまでたくさん。けれどそれをするには憎悪が無い。今までは憎悪が俺の背中を押してくれていた。
これからどうしよう?満たされていたら俺は何一つできないことに気づいた。
電気はつけていないのに、変に部屋の中は明るかった。強風と分厚い雨雲から光が出ていた。うっすら黄色い不気味な光。強くはないけど、いやにはっきりと部屋の中まで届いてきた。タンクにキャップをして、除湿器に戻してボタンを押した。除湿器は動き出した。幸せの水は無くなりました。
腹が減ったからカレーを作った。うまくておかわり三回した。けどそんなこともしてる場合じゃないんだ。
しかたなく、机に戻った。本当は嫌だけど、やらないといけない。俺に残ったものなんて、そんな諦めだけだ。憎悪はよかった。俺に優しかったから。幸せはこんなに乱暴じゃないか。
幸せのせいで机にはがいじめにされて、なんとかやるべきことを終えた頃には二日ほど経過していた。キッチンに戻って鍋を覗くと、カレーはもう残っていなかった。
食料を調達しようとしかたなく外に出た。雨はもう止んでいたが、風はまだ強い。雨雲も残っていて嫌な湿気だった。雨雲が俺をなじっているみたいだ。いつだってお前のとこだけに雨を降らせてやれるんだぜ!お前なんて一瞬でずぶ濡れさ!ほら、いそげ!いそげ!だけど俺には急ぐための憎悪が残っていないから、ゆっくり歩き続けた。雨雲が視界に入らないようになるべくうつむきながら。
道中の雑貨屋で立ち止まった。店先に並ぶカゴの中に、ガラスの雑貨がぎっしり詰め込んである。ちょっと気になって手に取ってみた。
うっすらとグレーで透明な立方体。