novel

慰暗旅行/pathétique・sympathique

旅のような庭

収録

刊行

10

ページ

4382

  • 3rd短編集-旅のような庭

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 暗闇に入ったことが二度ある。夜とか、電気のない部屋とか、そういうものではなく、暗闇としか言いようのない場所に。暗闇に入ってから、僕は暗闇を探すようになった。そこにいることで、なにかが癒されるとか、安心するとかではない。むしろ暗いところは怖いし、できるだけ行きたくない。けど暗闇だけは、そこにいくべきだと考えてやまない。

 一度目は高校生の時だった。僕の通っていた高校には防空壕があった。かつて帝国陸軍が司令本部として使っていた防空壕だった。防空壕は普段は封鎖されているけど、毎月一度だけ教員のガイド付きで立ち入りが許されていた。僕はそれに申し込んだ。

 ところが、僕が申し込んだ日は、あいにく台風が来てしまって、学校自体がお休みになってしまった。本当は放課後に教員と申し込んだ生徒たちとで行くはずだったが、僕は朝起きて、台風の吹いている外を見てちょっとがっかりした。

 けれど、午後になった途端、台風はおとなしくなって通過していった。もしかしてこれはいけるんじゃないか、と思って僕は制服に着替えて、何も持たずに学校まで向かった。今考えると、学校が休みになるほどだったから、外に出て学校に向かうなんてやっちゃいけないことだったんだろうけれど、その時の僕にはそんな考えがなかった。なにかに導かれるようにして、僕は学校に向かった。

 学校はがらんとしていたけど、先生はほとんどいた。生徒たちは休んでいるのに、働いている先生は大変だなと生徒ながら思った。防空壕を管理している教員は国語科の教室にいた。僕のことを見て、ちょっと驚いたような、嬉しそうな顔をした。

「こんな天気にわざわざきたのなら、せっかくだし入るか」と言って教員は古く錆びた大きな鍵を持った。ツアーは二人だけかと思いきや、新聞記者が参加した。タバコ臭い男で、長いブラウンのコートにくたびれた髪の毛、黒縁の眼鏡でどことなく胡散臭そうな男だった。

 三人で防空壕へ向かった。校舎の脇にある階段を降りて、運動場へ向かい、その近くの山の麓に大きな扉があった。鍵と同じように古く錆びていた扉は、何かを守るような重々しさがあった。

 教員は扉に鍵を差し込み、右に一度捻った。金属音がなってから鍵を抜き取り、扉を開いた。まだ台風の不穏な風が吹いていた。三人のいる場所は谷のように窪んでいて、風が来なかったのが不気味だった。

 扉の向こうでは長い階段が地下へ伸びていた。明かりがないと先が見通せないほどで、三人ともそれぞれの懐中電灯をつけた。石でできた階段が現れた。教員から先に入り、僕がその次に、記者が最後に入っていった。

 階段を降りていくと、だんだん空気が重く、湿っていくのを感じた。扉から差し込む薄明かりも弱々しくなっていった。明かりの届かないところまで降りると階段が終わった。そこで三人とも立ち止まり、誰が言うでもなく全員で扉の方を見上げた。もう粒ほどの小ささしか見えない扉の向こうには、怪しく黄色味がかった雨雲しか見えなかった。それから歩き始めた。

 防空壕の中は大人二人がようやく通れるほどの大きさで、壁はレンガとセメントのようなもので固められてできていた。通路の両脇に水路のような窪みがあり、胴長で足がたくさんある名前の知らない虫たちが歩いている。天井にはレールのようなものが這っていて、ところどころ電球をつけるコンデンサのようなものがぶら下がっていた。教員はルートを覚えているようで、何も見ないでも確信に満ちた歩調で進んでいった。三人とも、張り詰めたような気持ちをそれとなしにお互い共有していたような気持ちだった。

dehaze