出発
天候が悪く飛行機の出発が二時間以上遅れた。それもそのはずで、現地に到着するとかなり雪が積もっていた。空港からリムジンでレンタカー会社のオフィスまで送迎してもらう。道中、運転手に現地の天候のことを二言三言ほど話して会話が途切れる。なんで自分がここにきたのか、うっすら疑問に思っているような態度の運転手。
初日
初日に見た夕焼けはどうだったろう。坂道で迫り上がってくる風景とその両側に並んでいる街灯の列、ずっと目の前にたたずんでいる夕焼け。自然がただそこにあることを感じる。石橋瑛子を流して町を進む。
記念碑のある広場はとても広く、原っぱは雪で覆われている。そこに車の轍が残っていて、どれも記念碑のある方向へ伸びていた。海の前は堤防と、松の幼木の林しかない。
空港周辺
たくさんのショベルカーが構えて置いてあった。長く過酷な一仕事を終えたような風貌で、どことなくくたびれているような様子だった。どれだけ働いてきたのだろう。
松島
松島の海の上に満月が浮かんでいる。月にぼんやりと照らされる松島。どんなことがあっても自然はやはりそこにある。その安心感と恐ろしさはなんだろうか。紺色の空間に黒い海、そこに映る白い月。
水の流れ
川の下流の脇にある水門は、町を横断する水路を隔てている。水面は不思議な状態だった。川本来の流れと、水門からやってくる水の流れ、それぞれの流れがぶつかり合って一瞬の間だけ止まり、波一つない静かな箇所がある。面積はとても小さい静かな水面から、やがて新しい流れが生まれる。
荒内町の海
砂浜はほとんど雪で覆われていた。堤防を上ると、一面に広い海が現れる。夕暮れ前の、黄色く照らされた空の向こうに浮かぶ船。右手側には、いやに暗い青の雲がある。一つの海に、いろんな顔がある。防波堤の列。列と列の隙間から、強い波がやってきては、雪を溶かし、そこだけ砂浜が現れている。
行きの飛行機
いつもより小さい飛行機だったので、密閉感があった。とても怖かった。感情にとらわれないように静かに無意識に集中する。
復興の形
相馬市の海岸沿いはほとんど何もなかった。瓦礫の処理施設の工場のような一帯だけ。相馬市の資料館は人が少ない。受付の人は挨拶だけして、それ以外の時はパソコンの前でうつむいて、なにやらスマホを覗き込んでいた。その光景で安心した。山元町も海岸沿いはなにも残されていなかった。学校だけが残っている。電車の通っていた線路は車の道路になっていた。自治体が指定して、そこは家の建てられない一帯になっていた。名取市は新しい施設や店ができていた。たくさんの人がやってきて賑わっている。荒浜地区も松が群生していて、家の跡地が残されている。東松島市の海岸沿いも大きな堤防と家が少し。石巻市は大きな公園ができていた。かつてあった街の番地が公園の名前になっている。