novel

着きたての街(夜)/stranger city,at night

旅のような庭

収録

刊行

8

ページ

3374

  • 3rd短編集-旅のような庭

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 空港からバスで一時間出たところで降りた。もう周囲は真っ暗で、人影も見えない。黄緑がかった街灯が点々と建っている。

 見回しているうちにバスの扉が閉まり出発した。一人になった私は、マップを確認して、進む方向を確かめる。これからオペラ座駅の前にあるホテルを目指す。

 道のりを確かめて歩き出した。このアベニューは道沿いに黄緑の街灯が建っていて、それを後ろに連れていくように歩いた。空気は寒く乾燥しているが、肌を包み込むような穏やかさもある。これがこの街の空気だ。

 駅は大きかった。噴水に立つ像がライトアップされている。駅の構内から青白い灯りが漏れて、人の気配がある。けれどそっちはまだ用がない。駅には入らずに、そのまま通過して、目の前の建物に入った。

 ホテルのロビーは薄暗いままで、フロントにおじさんが一人いた。赤いセーターのラフな格好のおじさん。プリントしたキャッシュのコピーを見せて、チェックインを済ませた。

 階段で二階に上がると、三つ目の部屋に入った。鍵を閉めて、電気をつける。薄暗い電球だ。荷物を下ろして、カーテンを開くと窓の外では雨が降り始めていた。窓から駅が見える。黒い街に黄色い街灯、濡れた道に街灯が反射している。息を吸うと、カビの匂いがした。

 なにはともあれ、私はここで一晩を過ごさなくてはならない。時刻を見ると二十一時を回っている。後ろを振り返るとふかふかなベッドがずしんと鎮座している。ベッドは不思議だ。たとえ部屋がどれほど薄汚くとも、あらゆるベッドは輝いて見える。まるで子供を抱きしめるのを待つ母親のように。

 その夜は眠くなかった。ここまでのフライトでコーヒーを飲んでいたわけではないし、昨晩満足のいく睡眠が取れていたわけでもなかった。身体はほとほとに疲れ果てていたが、ちょっとの睡眠欲もなかった。

 私はため息をついて、財布と端末だけ持って部屋を出た。ロビーまで降りると、フロントのおじさんは眠そうな目で新聞を読んでいた。ホテルを出ると、呼吸が楽になった。

 よそのアパートのベランダに、洗濯物が吊り下がっているのが見えた。すっかり冷え切ったシャツと靴下。

 それを見て、私のベランダに干したままの布団を思い出す。

 偶然出てきたものだった。押入れの掃除をしていたら、その布団が奥底から出てきたのだった。

 その布団は大きな段ボールに入っていて、さらにビニール袋で包装されていた。引っ張り出して、ちょっと触ったり、顔を埋めて匂いを嗅いでみたけど、状態が悪いわけではない。今からでも使おうと思えば使えそうな布団だった。

 けれど私にはそれが深い古傷のように思えた。布団を洗濯機にかけて、外に干した。それをそのままにして私は旅に出た。古傷は外に干して、日光と風と、夜にも晒した方がいい気がした。

 知らない町で布団のことを思う。きっと今頃、布団が冷え切っているであろうことを想像すると、自分の身体まで冷えてくるような気がする。

dehaze