彼女に会ったのは喫煙所で、顔を見合わせた時にちょっと動揺した。なぜなら彼女はオーガニックレストランでバイトをしていたからだった。僕に気づくと、彼女は働く時と変わらない、ちょっと口を横に広げた笑顔で手を振ってこちらに寄ってきた。
僕はそのレストランが行きつけになっていて、店員にも顔を覚えられていた。彼女とは注文と配膳、会計でしか会話したことがなかったが、それでも親しげな笑顔でこちらにやってきた。
私的なところで話すのは初めてだったが、聞いてみると、同じ大学に通っている一つ年上の先輩だった。休憩時間はすぐに終わって、彼女はまた手を振って喫煙所を出ていった。その後に僕がレストランでレモングラスティーを頼むと、彼女が持ってきた。黒いエプロンに黒いキャップで、それが彼女の仕事の時の格好だった。いつもよりも少し親しげな笑顔で持ってきた。
僕がちょっと動揺したのは、オーガニック食品を取り扱っているのに、煙草を吸っていることがなんとなく納得いかなかったからだった。それを彼女に聞いてみると、ちょっと考え込んだ。
「そんなにおかしいことか?」
「身体に優しいことしてるのに、身体に悪いこともしてるのっておかしくないですか?」
「私はおかしくないと思うけどね。それはバランスだから」
「バランス」
「そう。バランス」そう言っていつも彼女はうまそうに煙草を吸っていた。それから僕は彼女と喫煙所で話すようになった。
僕は彼女のことが気になって、大学のサークルの先輩に彼女のことを聞いてみた。するとあまりいい反応をしなかった。
「よく金をたかってくるよ。先輩には奢られるのが上手いけど、後輩には一銭も奢りたがらないやつだったな」
それも本人に聞いてみたら、笑われた。
「これもバランスだね」
「バランス」
「そう。バランス。金を回すことも大事。回さないことも大事」彼女はそれっぽいことを言うことがうまかった。いつもくだらないことばかり言っていたが、しかし彼女が言うと、妙に説得力があった。その時のちょっと浮かべている笑顔も、なにか重要な意味があるように思えて、まるですべてを達観しているからこその笑みのように見えるのだった。実際のところ、彼女が本当に達観しているのか、でまかせを言っているのか、それはわからなかった。
彼女と出会ってから半年ほど経った頃、彼女は一緒にサウナに行かないかと誘ってきた。サウナが彼女のその時のブームのようだった。彼女に限らず、その時は巷でサウナが流行っていたので、僕はちょっと気になっていた。
「サウナに興味があるんですね」
「どういう意図の質問?」
「流行のものに興味があるのが意外だと思ったんです」
「サウナ、いいよ、きっと君も気にいると思うね。あれは人間に必要なものだね。つまりバランスを取るために。摂取と排出だ」
「これもバランス」
「そう。バランス」そう言って彼女はうまそうに煙草の煙を吐いた。
「何もないものがほしいんだ」
「どういうものですか?」
「無意味なものさ。どうでもいいものを流行に委ねればリラックスできるよ。その代わりに譲れないものは譲らない。そういうバランス」