ディナーが終わって部屋に戻ってからも地獄だった。奴は気持ち悪いと言い出して、ソファに深く腰掛け、デスクの上で頭を突っ伏した。弱いくせに、調子に乗って飲み過ぎるからだ。馬鹿なやつだ。私は向かいのソファに腰掛けて、奴の頭を見下ろした。
そこまで飲んでいないはずなのに、私まで重い酒に浸ったような感覚だった。悪い酒だったのかもしれない。あるいは会話が悪かったのか。それに違いない。あの会話はなんだったのか?お前の自慢話などとっくに聞き飽きていた。学生時代のアメフトの武勇伝だとか、営業の成績でトップになったとか、英語も中国語も話せるとか、どうでもいい。それ話すの何回目だ?私はいらついて、奴の水の中に白ワインを注いだ。もうすでに酔っ払っていたこいつは何も気づかずに飲んでいた。どこまでも救いようのない馬鹿だ。郷愁と思い出は麻薬だ。
奴はうなされているみたいに、うんうん唸って、訳のわからないことを呟いていた。悪夢みたいだろ?お前の悪夢、全部私が作ってるよ。
メインディッシュは脂っこいラム肉だった。いまだに私の腹の中にあるのを感じる。だからますますいらつくのだ。パリッと洗濯された真っ白なテーブルクロスの上、熟練の感覚で皿がセッティングされていた。オードブルを前にしたら悪意がムラムラ立ち昇ってきた。自己嫌悪も麻薬だ。
あなたが私のことを、純粋で傷つきやすくて他人の言葉を鵜呑みにするクソ真面目な女だと思っているうちにも、私はこのレストランを俯瞰のショットで網羅している。私の真後ろの席にだって視野が開けてる。あなたにそんなことできる?できないと思う。私を純粋だと思い込んでいるあなたの方こそ純粋な無知だから。
つまりあなたが私に深く入ってこないのも、あなたが純粋だからだ。それを見られたくないから、純粋さを私に押し付けて回避している。あなたは私を見ていない。自分自身の純粋さを私に投影して見ているだけだ。鏡で自分を見ているだけだ。でもかわいそうだなぁ。だって君がそれぐらい奥手なのは、いつか君が誰かを傷つけた経験があるからだ。私はあなたの古傷の場所を見抜いている。つまり、その傷を撫でようがフォークで突き刺してほじくろうが私の自由なんだ。
でも私はそんなことをしない。触りも慰めもしない。直球であなたの頭を撃ち抜きたいし、首を絞めたい。軽率な気持ちであなたを傷つけたい。純粋な悪意を突きつけられて、動揺するあなたをみるのが楽しみ。でもしかたない。優しくない私も本当の私だ。なぜ私があなたを傷つけたいのか……。わからないけど、でも不思議なことでもないと思う。私にとってはそれもコミュニケーションの一つだから。私を嫌うなんてとんでもない!心を開いた証なのに?甘噛みぐらい許してほしいのだけれど……。
ちょっと考えてから冷静になった。なんでそんなことを考えるんだ?私も酔っ払っているのかもしれない。ため息をついて、立ち上がった。
「ちょっと夜風にあたってくる」一応、奴に声をかけたが反応はなく、ただただ苦しみ続けていた。勝手に苦しんでろガキが。
部屋を出て廊下を歩くと、ちょっと傾いて夕暮れのようにオレンジ色に染まっているように見えた。そんなはずはない。やはり私も少し飲み過ぎたようだ。自分に呆れてますますいらついた。エスカレーターに乗ると無心で閉じるボタンを連打して、虚空を見つめた。グランドフロアで扉が開いて降りた。
ロビーにはまばらに人がいた。フロントでスタッフが会釈するのを無視した。そのまま外へ出ると、ようやく解放されたように空気が柔らかくなった。そのままホテルのそばを歩いた。脇にはグランピング場があったので、そちらに向かった。
グランピンク場は柵に囲まれていて、いくつもの焚き火が点々と見えた。私はその柵を乗り越えて、焚き火に近づかずにゆっくりとその周辺を歩いた。子連れの家族も、カップルも、夫婦も、思い思いの過ごし方で焚き火を囲んでいる。私の焚き火はそこにはない。
いつから許せなくなったのか。それより、なにを許せなくなったのか。問題はその二つだ。それがずっとわからずにいるから、いらだちが止まらない。