二十八連勤した後に家に帰ると今度は祖母が亡くなったという知らせがあったもんだから、そこからも忙しなかった。急いで服を引っ張り出すと、ちょっとカビが生えていて舌打ちした。除菌スプレーをかけたら綺麗になった。葬式の最中の記憶もない。次に家に帰ってこれたのは四日後だった。服を脱ぎ、冷蔵庫からワインを出して一口飲んで落ち着いた。落ち着いてからようやく異変に気づく。夫と息子がいない。
手紙が玄関マットに置いてあった。いつから置いてあった?と思って開くと、律儀に日付が書いてあった。こういうところが夫らしい。一ヶ月以上前の日付だった。つまり私は二人がいなくなったことに一ヶ月も気づかずに葬式の準備をしていたのか、という事実しか思い至らなかった。手紙にはもう限界だとか、勝手にしろだとか怒りが綴られていたけれど、自分でも驚くぐらい何も感情が湧かなかった。とりあえずしばらく一人で暮らそうと思った。その夜はワインで飲み潰して、次の日から頑張ろうと思った。
次の日は昼過ぎに目が覚めた。二日酔いでくらくらしたけど、身体は動く。落ち着いてから部屋を見ると、とても嫌な部屋になっていた。なにが嫌なのかうまく言えないけど、なんか嫌だ。掃除機をかけてみたら原因がよくわかった。髪の毛がなくなって綺麗になった。ワイパーをかけてみたら別の原因もわかった。埃まみれだ。そうするとだんだん無心になって、家中の掃除を始めた。キッチンには酒の缶がところ狭しと並んでいた。倒れている缶はひとつもなく、全部直立して並んでこっちをみてた。犯人は明白だった。私だ。酒を飲むのは家族の中で私しかいない。でもこれを全部私が飲んだのかは覚えてない。まあ良いけどさ。全部ゴミ袋に突っ込んで捨てた。
それから風呂場を洗い、トイレを掃除したがそれでもまだ力がみなぎっている。部屋にまだ違和感があったから、よく見ると、壁のところどころにカビが生えていた。なんでこんなのに気づかなかったんだろう?と思いつつ、ふきんでゴシゴシ擦った。
それから突然恐ろしくなった。自分が気づいてないだけで、家全体が良からぬ方向へ進んでいる。そしてそれに突然気づき始めた私はなんなんだ?なんで今まで気づかなかった?まあいいけどさ。やりますよ。ひとしきり掃除したらさっぱりした。
数日後に母から電話があり、祖母の家にしばらく住まないかと連絡があった。特に住んでみたいという思いもなかったが、断る理由もなかったので住んでみることにした。ついでに仕事辞めた。まあ金を使う時間もなく働いて、そこそこ貯金があったので、しばらく無職でふらつこうと思った。
祖母の屋敷はとても年季が入っていたが、隅々まで手入れがなされ愛されていたことを感じる。大きな庭はほとんど枯れかけていたので、まず水をやった。すぐどうにかなるというわけではなかったが、無事に復活することを祈った。一つの花を触ってみると、確かに見覚えがあるように思えた。けれど思い出せない。幼い頃か、それとも近いうちか、いつかこの花の名前を聞いた覚えがある。けれど名前を思い出せない。他の意識をすべて中断して、思い出すことに集中してみても、やっぱり思い出せない。ため息をついて立ち上がった。仕方のないことだ。庭を見渡してみる。祖父母のことはとても好きだったから、小さい頃からこの家にもよく遊びに行ったものだった。従兄弟と木に登り、池の魚を観察し、走り回った。けれど今はもう思い出せない。魚の名前も、草の匂いも、汗の感じも。今はもう何も感じなくなってしまった。木に触ってみても、池を覗いても、庭をちょっと小走りしても、何も感じない。あの時の私は、どんな感じだったろうか?今はもう思い出せない。