novel

サルベージをナビゲート

至暗面呼

収録

刊行

40

ページ

17287

  • 試し読み

  • 2nd短編集-至暗面呼

 入水案思案中のシアン君、こらえきれずに入水した。目黒川を流れに流れて太平洋の底へ。もうなにも望んじゃいなかった。ただただ深い水底で滅びたいだけだった。あらゆるものが流れるままに流され、そこで終えられると思い切ってた。ところがそうはいかなかった。

 ゆらゆら揺らめく水面から、大きな重機のようなアームが伸びてきた。平べったい、五本指を持ったアームが、迷い箸のように彷徨ってる。よく見ると、アームの掌の部分には目玉がついてた。ガラス玉のようにぴかぴかで使命をたぎらせた目玉。アームは探り探り、それと一緒に目ん玉もあっちこっちに視線を張り巡らせてなにか探ってた。変なことには関わるまい、どうかこのまま帰ってくれ、とシアン君が目を逸らしていると、アームがピタと止まった。視界の端に、こちらを見るアームがいた。頼むからほっといてくれ……というシアン君の願いは叶わず、アームはするするこちらへやってきた。気づかれた!なぜ?岩や海藻でめいっぱい隠れていたのに……と思ううちに、シアン君の目の前にはアームがいた。すぐに胴体をがっちり掴まれた。

 シアン君は海底からみるみるうちに引き上げられ、暗い水底が明るくグラデーションしていった。周りを泳ぐ魚たちと目が合うたびに、「ばかだなぁ、もっと上手くやれなかったのかな」とでもいうような顔をされた。まったくもってその通りだと思うシアン君。まさかサルベージされるのが、こんなに惨めなことだったとは!

 ザブンと水面から上げられると、やはりそこにいたのはサルベージ船だったよ。巨大戦艦というような風貌でそびえたってた。甲板のあちこちに働く人々がいて、みんなシアン君の方を見てた。その人々のいる方へ向かって、アームは戻ってった。アームは甲板に近づくと止まり、分厚い体育館マットみたいなものにそっと降ろされるシアン君。

 二人の男が近づいてきた。あきらかに隊長というような見てくれの男と、あきらかに記録係というような見てくれの男だ。

 「ここがどこなのかわかるね?」あきらかに隊長がシアン君に尋ねた。うなずくシアン君。

「よろしい。私がこの船を任されている隊長だ。君をナビするのが我々の役目だ。まずは落ち着いて、お茶でも飲もうじゃないか」言うことを聞くしかないシアン君。

 と、そのとき、マストのてっぺんにつけられている、ひらべったい楕円型のアンテナのようなものがサイレンと共に回り始めた。隊長とあきらかに記録係が顔を上げた。

「おっといけない。どうやらもう一人、引き上げる必要があるようだ……。悪いが少し待っていただきたい……」と言って隊長は駆け出し、マストにつながってる電話の受話器に叫んだ。

「今すぐアームを出しなさい!急いで!」

 すると、一旦引っ込んでいたアームが、また出てきた。指をグーパーさせながら竜のように腕が伸びていき、それからアーチを描くようにして海に入ってった。手が着水してからも、腕はどんどん伸びてった。

 一体誰がどうやって操縦してるのか、気になったシアン君。それから二分ほどすると、だんだん腕の伸びのスピードが落ちてって、やがて完全に止まった。ゆらゆら水面が揺れているのを、甲板のみんなは仕事そっちのけで見守った。それから一度、大きな確信的な揺れがあり、アームが今度は縮小作業に入ったようだった。甲板のみんなは安堵していた。きっとサルベージが成功したのだ。

 シアン君はハラハラしながら、アームの帰還を待った。このアームは本当にちゃんと戻っていくのか、それとも……。と、そんなシアン君の心配をよそに、アームは戻ってきた。アームに捕まったのは、シアン君より一つか二つほど年下に見える、女の子だった。ずいぶんと騒がしい帰還だった。女の子はとにかく喚き散らし、アームから逃げようともがいてた。

 「なにしてんのよ!私の邪魔しないでよ!死にたいんだってば!」顔を真っ赤にして女の子は暴れたが、アームはものともせず無慈悲に船に戻っていった。女の子とは裏腹に、甲板にいるメンバーは、ほっと一安心した表情に包まれてた。

 船の上でアームから解放された少女は、一緒に引っ付いて引き上げられたカジカをしっかりと捕まえて、それで自分の頭を思いっきり叩きつけた。

「やめなさい!カジカで人は死なない!」隊長が言うと、少女を隊員が何人かで押さえつけて、カジカを没収した。それでもめげずに、ひっついていたタコで、自分の首を絞めようとした。

「やめなさい!死ぬかもしれん、やめさせなさい!」隊長が言うと、少女を隊員が何人かで押さえつけた。しかし少女の顔に引っ付いたタコは取れず、隊長が加担してようやく取れた。

 「まったく大した女の子だ!少し安静にすれば落ち着くだろうから、連れていきなさい!……おっと、きみもね!」隊長はそう言って、シアン君を隊員たちに連れて行かせた。少女は羽交い締めにされたまま、別の隊員たちに連れ去られてった。あきらかに記録係は、あきらかに任務に忠実と言うしたり顔で、シアン君を導いた。サルベージ船は、ちょっとした豪華客船ぐらいに広かった。船内は四層に分かれており、記録係がツアーをしてくれた。

 シアン君が気になったのは、図書室があることだった。

「釣り上げられた人たちに読んでもらうのさ。それが俺たちにとって大事なことなんだ」次に向かったのは、寝室のあるフロアだった。階段を降りると踊り場があり、向かい合わせになった扉が二つ。

「こっちが男で」と右を指す記録係。

「そんでこっちが女だ」と左を指す記録係。

「お前は男だからそっちな。……男だよな?」ちょっと自信なさげに記録係は尋ねる。シアン君はうなずいた。それから二人で男の寝室に入った。通路を挟んで、二段ベッドがきっちりと二列に並んでた。規則的に据えられた小窓から、規則的に直線の光が差している。それらとベッド群から交互に顔を出してる。日中だからか、寝室にはあまり人がいなかった。布団が敷かれているベッドも半数にも満たなかった。

「ここは人がいない方がいいのさ」シアン君の心を読んだように、記録係は言った。

「俺たちが失業するのが真の幸福さ。そんなこと、叶いっこないけど」

 他の部屋も紹介してくれた。食堂。黄緑色の壁で囲まれて、カレーの匂いがした。隊員たちの部屋。隊員しか入れないらしいので、シアン君には見せてくれなかった。操縦室。船の操作もアームの操作もそこでやってるらしい。カウンセリング室。サルベージされた人とは定期的に隊員がカウンセリングをするらしい。船の骨組みがむき出しの木目の無骨な部屋だったが、不思議と安心できる部屋だったよ。テーブルを挟んで椅子が二つ。それだけの部屋が七部屋あった。それでツアーが終わった。

「最下層は何があるんですか?」シアン君が尋ねると、記録係が止まった。

「たいしたものもないが……隠すものでもないし見せてやろう」二人で降りると、そこは物置のように見えた。とても暗くて埃っぽい空間だ。シアン君はその暗さに警戒した。元来、シアン君は暗がりが苦手なのだ。じっと目を凝らすと、だんだん暗さに慣れてきた。ほら、こうすれば怖くない。慣れるまでの暗さがシアン君には嫌だ。目に慣れると、天井に異様なものがぶら下がってることに気づいた。ぼんやりとほの白く輝いているものが、天井から吊るされてた。

「それは鯨の骨だ。この船はかつては捕鯨船だったから、その名残を残したかったんだな。守り神みたいだろ」それはとても立派な鯨の骨だった。よく見るとうっすらと黄色く変色していたが、暗闇の中では白っぽい異様な存在感を放ってた。真ん中に一本、大きな骨があり、そこから肋骨がいくつも分岐している。人工物ではないはずなのに、寸分も狂いなく規則正しく骨は並び、太古の建造物のように数学的で荘厳だ。シアン君はそれから目が離せなくなった。

「気に入った?」

「はい」骨を見て、シアン君はきらめきを取り戻せる気がした。入水して、川から海に出るときになくしてしまったきらめき。でもそれがどんなものか、シアン君は思い出せない。あきらかに記録係にそのことを言おうとしたが、やめといた。ほぼ初対面だったし。でもそのシアン君の判断は正解だった。あきらかに記録係はきらめきの正体を知っている。きらめきを取り戻したら、今度こそシアン君は死ねそうだね。

dehaze