グライダーのような音で目が覚めた。輪郭がぼやけているが、はっきりと目に刺さる光が見えた。ゆっくりと意識を起こすと、外からの光だった。サービスエリアについたようだった。わたしの右隣にいるスザキはいらだちを隠して平然を装っているような顔をしていた。
音の正体は羽虫だった。羽よりも胴体の方が長く細い虫だった。どこからか入ってきたようだった。そいつは挑発するように、わたしの目の前をゆっくり見せつけるように飛んだ。大きな光の中で、そいつが飛ぶのをぼんやりみていた。もはやスローモーションにさえ見える。羽をナナメに空気へ差し込み、抜き取り、それをなめらかな動作でくりかえして飛び、透明の羽にうっすらと映る、葉脈のような模様をきらめかせながら飛び……スザキに握りつぶされた。
スザキは舌打ちして左手でクラクションを鳴らした。早く出ていけよ、あのプリウス。ようやくわたしも頭がさえてきた。スザキは駐車をしながら、左手でティッシュを一枚取って手の内側を拭った。スザキは握りつぶされたティッシュの塊をフロントガラスの方に放った。チリと化した羽虫の黒く潰された跡がティッシュに残っていた。彼が駐車して、一息つく頃に、ようやくわたしは光に慣れてきた。
わたしが大きなあくびをすると、スザキは降りるぞ、という意志を表情で表した。わたしは傍にある紙袋を取って、トラックを降りた。スザキは車から降りてすぐにタバコを吸い始めた。わたしが紙袋を持っているのを見ると、しかめ面をした。もう勝手にしろ、と言うように首を振った。
伸びをすると、空気が縦長に伸びたみたいだった。腕時計を見ると、まだ夜の十一時になったばかりだった。人肌に馴染んでない鉄みたいな空気で、息が白くなって身震いした。スザキはタバコの灰をこぼして捨てると、歩き始めた。太字のネオンには知らない地名が書いてあった。わたしたちがサービスエリアに入ると、目の前に自動販売機がびっしりと横一列に並んでいた。飲み物がほとんどで、アイス、カップの自販機もあった。コーヒーの自販機には小さな画面がついていて、ロボットのアニメーションが流れていた。小さなロボットたちがコーヒーを作っている。オリーブの首飾りが流れ、その音楽に合わせて、クレイのロボットたちが働いていた。あるロボットは豆を挽き、あるロボットはカップとソーサーを運び、あるロボットはお湯を注いだ。やがて一杯のコーヒーが出来上がった。そのアニメーションがずっと繰り返されてた。
わたしがずっとぼんやりそれを見ていると、おい、とスザキに言われて振り返った。スザキはもう数歩先に行っていた。腹が減って苛立っているようだった。
フードコートはほとんど人がいなかった。お土産屋はすでに閉まっていた。飲食店の店員は退屈そうにしていた。わたしたちは入り口に近いところに座った。座り心地の悪いプラスチック製の椅子だった。二人とも食べたいものもなかった。ガンを飛ばして、目が合った相手に絡むようにして、スザキはうどんのカウンターへ向かった。わたしもそれについて行った。
きつねうどん。他には?わたしも。二つでいいですか?それでいいや。金額が表示された。そこで二人とも止まった。店員も動かず、静かな瞬間が生まれた。
財布を車に忘れたとわたしが呟くと、スザキが舌打ちして千円札を出した。店員は緊張しているようだったが、気にかけてやる余裕はこちらにはなかった。
スザキは番号札と釣り銭をまとめてコートのポケットにぶち込んで、テーブルに戻った。わたしは紙袋をそっと隣の椅子に置いた。
スザキとヨツメに初めて出会ったのは、大学の新歓飲み会だった。遊ぶことしか頭にない馬鹿しかいないサークルで、結局入るはずもなかった。先輩に無理やり飲まされて吐いていたのがヨツメで、飲ませた先輩を殴って流血沙汰にさせたのがスザキで、ヨツメを介抱していたのがわたしだった。
帰りの駅のホーム、二人でヨツメに水を飲ませてやったが、一向に回復せず、そのまま三人で大学に戻り、ベンチでふて寝した。その間ヨツメはずっと、ダメだ、俺はダメだと言い続けていた。何がダメだったのかわからなかったが、わたしはずっと譫言に付き合ってやった。スザキは人を殴れて気持ち良くなったのか、終始ご機嫌だった。そんなことがあり、その後も三人で自然と集まるようになった。
ヨツメはその道で有名な美術家の息子で、彫刻科の専攻だった。スザキは油絵の専攻だった。わたしは芸術史を専攻していた。
スザキはなんでも器用にこなすタイプだったが、暴力と女と酒とタバコが好きで、大抵の人間にはよく思われていなかった。ただ、絵に対する想いは人一倍に強かった。独学で全て学んだと言っていた彼は、たしかに他の学生と比べても頭ひとつ抜けている印象があり、日頃の鍛錬も欠かさないようなやつだった。
ヨツメはダメだが口癖で、変なサカナのオブジェをよく作っていた。いつも作ったものに満足せず、自らの作風をあれこれと変容させ試行錯誤しながら、訳のわからないものばかりを作り続けていた。いつも弱気ながらも、審美眼がとても鋭く、幸か不幸か、自分の作ったものを客観的に見ることにも優れていた。
わたしは、わたしは……これと言って特に何もしていなかった。美術史を学ぶだけで他の学生と変わりない、バイトをして生活するだけだった。わたしは二人が作るのを見ているだけで、十分満たされていた。