novel

夜行

回晩行

収録

刊行

21

ページ

11866

  • 1st短編集-回晩行

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 ヨリソとトマリの見合いは奇怪な形式で行われた。トマリの屋敷の奥の部屋、始まりは二十二時を回り、月光を廃するためにふすまは閉ざされ、蝋燭の明かりの一つで行われた。山代家からはトマリと母が並び、後から河村家のヨリソとその母、女中がやってきた。ヨリソの格好は一層奇怪だった。裾の長い襦袢を羽織り、西欧のような覆い布を頭に身につけていた。蝋燭の火だけでは彼女の顔は見えるはずもなかった。トマリは毅然と、しかし力のこもらない姿勢で佇み、山代の母はヨリソに被り物を外すように促した。女中は近寄り、ヨリソの取った覆い布を受け取った。ヨリソの顔が蝋燭であらわになった。白く鼻の通った顔立ちだった。ヨリソはじっと目線を机に落とし、手を重ねて固まっていた。トマリとその母は彼女を見つめ、ヨリソの母が経緯を語り始めた。

 ことの始まりはヨリソが九つの時だった。日の差す庭の中で彼女は吐血した。女中が駆け寄ると、ヨリソの肌は熱くほてり、まるで日の光に焼かれるようにして爛れ始めていたのだという。それからヨリソは日の光から避ける生活を強いられた。ヨリソの部屋のふすまは常に閉ざされ、給餌も速やかに済まされ、夜でさえも、月の出ない曇り陰りのある日にのみ、庭への外出を許された。閉ざされた暗い部屋で書を取り、縫い物をして、それを続けて八年経ち今に至る。

 トマリの家の小さな一室で、蝋の火に薄ら炙られながら、両家の見合いは行われていたが、それも既に決まりきっていた茶番だった。

 トマリは山代家の次男として産まれ、さして期待もされずにのうのうと過ごしてきた。というのも、長年である与四郎が秀でており、跡継ぎとして申し分なく、誰もが彼を認めていた所以だった。脚光を浴びずに育ったトマリは、ずっと奥に潜み暮らしていたヨリソに秘めた親近感を感じていた。

 二人の視線があったのは、縁談が始まって一時間もすぎた頃、親同士でつまらぬ談義で花を咲かせていると、ヨリソはトマリに真っ直ぐ視られていることに気づいた。うっかりその視線上に入り、すぐ引っ込めるが、その線が揺るぎないことに気付くと、恐る恐る、今度は自らその線上に身を委ねた。

 トマリはヨリソの肌の白さから憂いを計り、ヨリソは数年ぶりに見る家族以外の人間の人となりを計った。それから左の鼻筋に蝋燭の火の光の棘を感じていた。トマリは白湯をと立ち上がり部屋を後にし、その後すぐにヨリソと女中が後を追った。廊下で三人は立ち止まり、トマリとヨリソは再び目を合わせた。女中はヨリソの横でうつむき固まっていた。

 「このぐらいの光は大丈夫なのか」月の隠れた陰気な光だった。

「この程度であれば、平気です」トマリは彼女の握られた拳を見て黙った。三人で湯を沸かし、無言でまた部屋に戻った。道中、トマリは独り言とも会話ともつかぬ言葉を残した。

「あまりもの同士、よろしくやろう」ヨリソはその言葉の意味を理解できていた。軽く頷いて、あまりもの同士結ばれる。

 それから三日後の朝方、今度はトマリがヨリソの家へ訪れた。ヨリソが伏せっているという話を聞いてのことだった。門をくぐるとすぐに、二人の子供が遊ぶ声を聞いた。庭に目を向けると男の子と女の子が見えた。そのまま戸を叩くと、女中が家から出てきてトマリを入れた。

 女中が連れて行ったのはふすまの閉ざされた部屋だった。女中がふすまを開くと、奥に布団が敷かれ、ヨリソが横になっていた。小さな部屋に光が入るのを感じて、ヨリソは起き上がりその元を見た、トマリの姿を確認すると焦って身体を起こそうとするが、トマリはそれを止めた。女中がふすまを閉めるのを見届けてから、トマリはヨリソの布団の側であぐらをかいた。

「具合が良くないのか」

「よくあることなので気にしないでください。休めばすぐに治ります」とはいうが、いやにか細い声だった。ヨリソは布団の裾をしっかりと握り、目だけを覗かせてトマリを見つめた。トマリはふすまの白さから放たれる柔らかな光を見ていた。

「この光もだめなのか」ヨリソはうなずき、布団から手を覗かせてトマリの後方を指差した。その示す光をトマリが見ると、ふすまの一部分がひときわ輝き、その光はふすまを貫通してトマリの身体をぼんやりと刺していた。光は小刻みに、不自然な動きをしていた。トマリが立ち上がり、ふすまを開けるや否や、子供がわっと声を上げてそれぞれ別の方向へ走り去っていった。手には鏡が握られていた。それからふすまを閉めた。

「つまらない悪戯だ」

「申し訳ございません」

「弟と妹か」

「兄の子らです」それでなんとなく合点がいった。ヨリソは反論のしようにもできないようだった。

「まごうことなく、あまりものだな」

「なぜトマリ様はこちらにいらしたのですか?」

「家は兄が牛耳ってるから居場所がないのさ。だからいつも外を出歩き遊びまわっている」しばらく沈黙にふけった。外は晴れ、鳥の声を一つずつ伺い、畳に映る光の映りゆく様をトマリは見つめていた。ヨリソは未だ二度しか会ったことのない、許婚の顔の表に映る情の様を測ろうとした。遠くで女中が子供を叱りつける声が聞こえた。トマリはふすまから溢れる光が気になった。これは何色なのか、適切な言葉を当てはめようと考え込んでみた。

「ずっと遊びまわっていては困ります」ふっとトマリは笑い、影が奥に失せた。

「あの家から出られたらしないよ、今の家さえ出られたら」そう言うと、ヨリソは塞ぎ込んでしまった。ヨリソはただ天井をまっすぐ見ていた。

「この家さえ出られれば……」そこまで言って飲み込み、ちょっと考えてから続けた。

「この家さえ出られれば、二人とも自由になれるんでしょうか」良くない風がふすまに当たるのが聞こえた。トマリは彼女の目の縁を見つめた。

「結婚したら俺を殺してくれよ」一層沈黙が深まった。

「それは……」

「いや、傲慢だな、気にしなくていい」ヨリソの布団の隣には洗面器があり、その中に水がなみなみと入れてあった。薬のような包装もあった。

「これ、一つどうぞ」と言ってヨリソは手を伸ばし、トマリは飴を受け取った。

「ハッカか」

「ええ、特別なものではありませんが、これを舐めていると少し落ち着くんです。症状が」

「そんな大事なもの受け取れない」返そうとしたが止められた。

「お近づきの印です。いつか二人で自由になれるように、願いを込めて」

今度はトマリが黙る番だった。

dehaze