フミはちょっと不機嫌だった。平和な学校だった。しかしフミには平和すぎた。音楽の授業でギターを弾きながら考える。学校の人らはみんな気持ちのいいあいさつをする。みんな授業が始まる五分前にはピッタリ座って準備ができている。仲良く弁当を食べ、協力して掃除をしてる。それがフミにはすごく嫌だ。でもなぜ嫌なのか、フミにはうまく言えない。誰かに言っても怪訝な顔をされるのがオチだ。
だからフミは、もやもやを抱きながら、周りに溶け込むふうを装うのはとてもうまかった。マリの恋バナにも笑えるし、日直の手伝いもできる。だからいつも何食わぬ顔をしていた。けれど内心はすごく悶々だ。
フミはギターを弾くのは好きだった。合唱と違って、一人で音を出せるから。特に弾くのがうまいわけでもないけど、自分の指で弦に触って、音を出していると落ち着いた。ギターを弾きながら考える。フミは自分がよくわからない。なぜ悶々としているのか、わからないのだ。たしかに、みんなのことは好きだ。みんないいやつだし、やさしい。休みの日は遊んだりもする。周りとやっていけてる。けれどももんもんとした自分もいる。これはなんだろう?フミはよく廊下の窓から外を眺める。昼休みはみんな元気だ。にぎやかな校庭、思いっきり楽しめばいいと思う。けど、やっぱり、なんかある。どこかに。これはなんだろう?
ある日、奇妙なものを見つけた。フミが放課後、いつものように窓の外を見ていると、同じクラスの林くんが歩いていた。それも元気なさそうにトボトボと。それにびっくりした。だって、この学校に落ち込んでいる人なんていない。みんな幸せで平和な学校だったから。めざとく気づいたフミは、階段を駆け降りて、校舎を飛び出し、林くんに追いついた。
「ねえ……ねえ!ちょっと待って!」フミがダッシュして大声で呼び止めると、ギョッとしたように振り返った林くん。
「え……?なに、どうしたの……?」林くんはやっぱり元気がなさそうだった。これは一体どういうことだろう、とフミは思った。もしかして、私以外にも、もやもやのある人がいるのかもしれない。林くんみたいに。それに少し安心した。
帰り道に林くんの話を聞いた。野球部の試合で他校の奴らに目をつけられ、それ以来いじめられているようだった。林くんはずっとしょげていた。フミはふんふんと話を聞いて、元気づけようと思った。
「一度ガツンと言ってやりなよ!見返さなくっちゃ」そうだね、と言って、林くんは少し元気が出たようだった。
林くんと別れて、フミは上機嫌になった。この学校も平和じゃなかった……。落ち込んでいる人がいるし、もんもんを抱える人がいる。気づいてあげられるのは私だけなのだ。私がその人たちの声を聞いてあげなくちゃ。
次の日、学校にやってきたのは、ボコボコにブチのめされた跡をつけた林くんだった。なんで?フミは口をあんぐり開けた。休み時間に、また林くんの話を聞いた。
「ガツンと言ったらボコボコにされた。それだけだよ」元気のない林くん。すっかり私は途方に暮れた。
「そっか……どうしようね……」それを横から見ていた、これまた同じクラスの野村が割って入ってきた。
「隣のF高の奴らか?あいつらはやめときな。諦めたほうがいい」
「なんで?」
「めちゃくちゃ治安悪いことで有名だろ?俺たちとは真反対さ。目をつけられたらおしまいなのさ」
確かにF高は評判の悪さで有名だった。林くんはそれを聞いて、尚更落ち込んだ。私はまた困ってしまった。
「元気出してってば!きっとどうにかできるはず。先生にも相談してみよう?ね?」そう言ってフミは慰めた。
放課後、フミは担任の田崎先生に事情を話したが、先生もやや困った顔をした。
「うーん……あそこは昔からそうだからな……厄介なんだ……」申し訳なさそうにした。
「言ってはみるけど……変わらないだろうな……」それで林くんがなおさらしょげた。それを見て先生もしょげた。フミはちょっと困った。なんだか、もんもんが伝染しているみたいだ。でもフミはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、嬉しくもあった。ほら、やっぱりこの学校も大したことのない、なんてことのない学校だ。けれど、その人たちの声を拾えるのは私だけなんだ。そわそわするようでいて、少し罪悪感もあった。なんで私、こんな気持ちなんだ?
フミはそれから教室に忘れ物を取りに行った。放課後の夕方、誰もいない教室。フミが教室の扉を開こうとすると、人の気配を感じて止まった。ゆっくりと音を立てずに、そろりと扉の隙間から中の様子を見た。誰か一人立っている。野村だった。フミは気になってそのまま野村を観察した。何をしてるんだろう?