novel

Donuts holl,fly away

回晩行

収録

刊行

19

ページ

11943

  • 1st短編集-回晩行

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 あらゆる音が途絶えたのは、松山の高校の音楽室にあるコンセントが抜かれたからで、コンセントが抜かれたのは少年がギターの練習をしようと思ってからのことだった。

 少年は生真面目な性格で、きっちり二十二時に就寝して六時に目覚める。校門が開く七時半には到着し、通過する、はずだったが、その日は警備員が五分遅刻してやってきた。七時三十五分に少年はギターを背負って校門を通過した。

 目的はもちろん、音楽室で、バンドのメンバーにも負けまいと、一番乗りでやってきて練習をするためだった。流行りのロックのコピーバンドで、本番の文化祭は一ヶ月後に迫っていた。

音楽室は奥の校舎、四階の隅にあった。そこにたどり着くのにも一苦労、一秒も無駄にできない少年はすでに学ランを脱ぎ、セーター姿でリフを奏でながら階段を上がった。

 防音の施された重い扉を押し開け、特有の匂いに浸った。まず明かりは点けずにカーテンを開き、窓は一つだけ開こうと思ったが窓は二つ同時にしか開けられなかった。仕方ないので二つ開けた。窓際に椅子を一つ寄せて、机へ鞄を放り投げると、机の上を滑って床に落ちた。ため息をついてカバンを拾って机に置く。ケースを開いてギターをさっそく構えた。しかし手慣らしに幾つかのフレーズを弾いてすぐに飽きてしまった。

今度は大きな音を出してやる気を出そうと考えた。カバンからコードを取り出してギターと繋げた。もう片方の端をアンプにつないで弦をつまびくが、音は鳴らない。何かと思ってアンプの裏手を覗き込んだ。アンプの後ろは何本もの太さや長さのコードばかりで、何が何のコードなのかもわからず、四組の穴を持つコンセントは全て埋まっていた。

 少年はどの穴が何のために使われているのかもわからなかったが、それらのコンセントは全て、やはり何かの役割のために穴に入れられ、役割を果たしていた。例えばモニター、例えばスピーカー、例えば世界中の音の出力。

 少年は生真面目ではあったが、肝心なところで適当な面もあったので、使った後にすぐ戻せばいいと考え、アンプのコンセントを拾い上げ、適当にーとりあえずはすぐに手の届く一番上の穴をー選び、ひっこぬいた。ブツッと音が鳴り抜かれたそれはーモニター用のコンセントだった。アンプのコンセントを挿し、少年は授業が始まるまで、満足して練習をすることができた。教室を出る時は、窓を閉め椅子を戻し、もちろんコンセントも元のものを挿し直した。やはり生真面目だったのだ。

 しかしその生真面目さは、少年を毎朝音楽室へ連れていくことはしたが、いつも同じコンセントばかり抜かれるのは不公平だと思わせた。なので少年は一日ごとに順番に上から順にコンセントを抜いては挿しを行った。世界中の音の出力を行なっている、上から三つ目のコンセントは三日目に抜かれ、世界から音が途絶えた。もはやもう一度挿し直しても不可能なのだ。そのコンセントとコードが一体どこにつながっていたのか、それは誰にもわからない。

 音を無くした人々は戸惑い、原因もわからずに混乱したが、やがて年月を重ねていくうちに慣れていった。それから数十年も経った東京の外れに、一つの大きな屋敷が建っていた。それを近くの公園の茂みから眺めていたのはノッポとふとっちょの男の子二人と、おさげの女の子一人の三人組。しょっちゅうけんかはするものの、仲良しとはいえる程度の三人組だった。

 事の発端は、怪しい屋敷と、そこに住む一人の女性の噂をノッポが入手したことからだった。噂によると、その家には三十代前半ほどの女性が住んでいる。彼女は夜になるといつも違う男を招き入れているそうだった。三人は子供ながらに、その屋敷に住む魔女—三人の中ではその名前で統一されていたーの正体をあばこうともくろんだ。

 まず最初に調べたのは家の敷地の大きさだ。三人はふとっちょの飼い犬、チビの散歩をとりつくろいながら屋敷の周囲を歩き、おおまかな大きさを調べた。

屋敷は隙間なく他の戸建てにぐるりと囲まれ、その中でもひときわ屋敷は目立っていた。大きさを測定するため、屋敷の端から端、それから屋敷の正門から屋敷の背後に建っている家のしんがりまでを、チビを使って三人は歩いた。ふとっちょはチビを飼いならしてやろうと方々の訓練を施していたが、チビはそれほど利口ではなかったので、いつも間違えたやり方を学んでいた。例えば、チビはミニトマトを食べると、決まった距離まで直進してから止まる芸を身に着けていた。それを利用しようと三人は考えた。一回でチビの歩く距離は大体二メートルほどで、屋敷の正面を歩き切るには十二個のミニトマトが必要だった。奥行きを調べるには十六個食べたが、それが限界だった。あと一個ぶんか、それ足す半個ぶんの距離が残っているところで、チビはミニトマトを拒絶した。ほら、食えってば、と、ふとっちょとノッポはチビにミニトマトを押しつけたが、腹が満たされたのか、しきりに口の周りをなめまわして我関せずといった素振りをした。結局、三人は残りの距離を目算で測り、屋敷の背後から、後ろにある家までの塀の上に見える余白から、広い庭のようなスペースの存在を推測した。

 次に、屋敷の外観から情報を探ろうとした、おさげとノッポは屋敷の正面にある公園に張り込んで観察をした。

屋敷には、夕方や遅い時間になると車がやってきて、正面の大きなガレージに入っていった。それから明け方の早い時間に車は去っていった。大体毎日そんな感じの流れだった。やってくる車は毎回異なり、車種は外車が多く、同じ車は来るとしても二、三週間に一回程度の頻度だった。乗車している人は必ず一人の男で、基本的に四、五十代、時たま若い男がやってきた。

ノッポが家から双眼鏡を見つけて持ってくると、三人は取り合いをして、窓から家の中を探った。だが、窓という窓には全てレースのカーテンがかかっており、それが家の中の情報を遮断していた。ごくまれに猫が、決まって三階の右にある小さな窓から顔を覗かせていた。動物好きのおさげはすぐにその猫が好きになった。グレーで、お腹だけ白く、毛の長い猫だった。おさげが公園の茂みから手を振ってみても、猫は反応せずにただ身体を舐めて毛づくろいをしているだけだった。おさげはいつかその猫を抱きしめて撫でたいと強く思った。

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